[ホームページに戻る] [納入実績に戻る]

真言宗泉涌寺派 大本山
紫金山小松院  法樂寺


 紫金山法樂寺は小松院と称し、真言宗泉涌寺派の大本山です。ご本尊は、大聖不動明王さまで、古くから田辺のお不動尊さまと称して遠近多数の方々に信仰されてきました。治承2年(1178年)小松内大臣平重盛公が開創されました。創建当初は殿堂伽藍そびえ建ち、威光を極めましたが、戦国乱世の頃に至り、織田信長の兵火により一山灰燼に帰しました。延宝6年(1678年)、中興の祖、洪善尊者が河内野中寺より、当山に晋住されて復興をはかり寺容の整備につくされました。現在の本堂、山門、鐘楼はこの時建てられたものです。
 近代においては、平成8年(1996年)、寺内に小坂奇石記念館とリーヴスホール明王殿が完成。同年、三重塔建立。周囲は、都心でありながらもなお、一万平方米の寺域に樹齢八百年の大楠(大阪府天然記念物)のほか、二、三百年以上の大樹が豊かな森を形成し、市街地には稀なたたずまいをもっています。

三重塔

 地域交流のシンボルとして人々を招く三重塔は、平成八年に落慶されました。住職は、全国各地を自ら巡ってその資材である木を探し歩かれたといいます。
 「塔は、仏様にとっては、最上の喜びなんです。それは残すことより、建てること自体に意義があるのです。」
 建立された三重塔の内部彩色の作業は、四天柱と長押部分に大きく分かれ、四天柱には金剛界曼陀羅成身会の諸尊像を、長押外側は宝相華唐草、内側には花菱文様が描かれています。
 建造物への彩色は、ほとんどの場合,あらかじめ和紙に彩色してそれを貼り付けるか、胡粉下地を全面に施しその上に彩色する方法がとられますが、今回は、桧材の表面に直に彩色するという方法がとられました。多くの建造物の彩色が、時の経過によって紙ごと剥がれたり胡粉地がひび割れ、表面彩色が剥落しやすくなりますが、桧に直に着色することで後々までの永い保存が可能となります。
 堂塔内の柱に諸尊を描くという例は五重塔では多く見られますが、三重塔では現存するものが少なくめずらしいものです。 

三重塔・御内陣仏具(1996年謹納)


三重塔内陣須弥壇格狭間蒔絵