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真言宗智山派
亀頂山密乗院
三寳寺
三寳寺は、今からおよそ六百年前の応永元年(1394年)鎌倉大楽寺幸尊法印により、石神井城豊嶋一族累代の祈願寺として、現在の地より約1キロ東に開創。その後、太田道潅によって石神井城が落城するに及んで、豊嶋氏の菩提を弔うために城址である現在地に移建されました。また、徳川家の祈願所として無本寺独札の寺格をもって遇せられています。
加えて関東十一談林、真言密教事教二相の根本道場として、六ヶ寺の塔頭と六十余ヶ寺の末寺と共に法燈を高く掲げることになります。この間、幾多の盛哀の中でも明治時代の神仏分離、廃仏毀釈の災いは当山を荒廃させました。大正13年、第三十三世融憲和尚の提唱により、本堂再建の議が起こり、三寳寺伽藍の一大復興計画が発足。戦前の不況と戦後の混乱を経て、昭和28年本堂完成。

本堂裏堂・三昧耶形(1995年謹納)
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その後、この大本堂を中心として伝統ある三寳寺にふさわしい伽藍の整備と共に教化活動も活発に展開。平成8年には念願の根本大塔・寶亀閣完成式典が行われ、名実共に寺門の充実のために精進して現在に至っています。
根本大塔
平成8年、着工以来およそ3年の歳月を費やして根本大塔が完成しました。根本大塔の正式な名は「根本本尊大毘廬遮那如来法界体性塔」と言い、真言密教の教主、法身である大日如来を奉祀する塔です。伽藍の核心であるとともに信仰の根源でもあります。
根本大塔は、塔自体が金剛界曼茶羅の世界、内陣には蓮を形どった須弥壇上八葉蓮台の上に胎蔵界の五仏(大日如来・宝幢如来・開敷華王如来・阿弥陀如来・天鼓雷音如来)、四菩薩(普賢菩薩・文殊菩薩・観音菩薩・弥勒菩薩)がお祀りされ、まさに立体曼茶羅、そして「両部不二」の境界が表わされています。塔内部の荘厳は、吉祥五彩で彩られた二重螺網の天蓋、繊細で優美な鷺足が特徴の密壇・重層な八角型須弥壇、四仏、四菩薩をそれぞれ表す梵字が意匠された高度な両面彫りの華鬘、宝相華を立体にイメージした常花など、京の伝統至芸の精粋が薫り立っています。

大塔内部写真 密壇 |

根本大塔内の須弥壇上八葉蓮
台に祀られる五仏、四菩薩
(1996年謹納)
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